米国の作家、ローレンス・ブロックの短篇作品の引力に惹かれて、 文庫本を手に取ることが多い。
早川書房のローレンス・ブロック傑作集1『 おかしなことを聞くね』は、ミステリー系の短篇小説ファンなら、 誰もが知る、まさに「傑作」のひとつだろう。
なかでも、表題作の『おかしなことを聞くね』は、わずか8ページ の、当短篇集でいちばんの掌篇だが、ストーリーも、オチも、 登場人物の設定も…… 作品をかたちづくるすべての要素が研ぎ澄まされていて、 ブロックの力量を存分に感じさせてくれる。
オチは終盤で予測はできるものの、 ストーリーの回収と最後の一文が絶妙なのだ。
そう、ブロックの短篇作品の魅力は、最後の一文(二文)にある。 もちろん、訳者・ 田口俊樹さんの日本語選びのセンスに依るところも大きいが。
ローレンス・ブロック傑作集1『おかしなことを聞くね』 の中から、そのいくつかを拾い上げてみよう。
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が、そのときにはすでに肉切り用のナイフが鞘から抜かれていた。 『食いついた魚』
おれは三二口径をポケットに入れ、 道の向こうの軽食堂に小走りになって向かった。 『我々は強盗である』
「いや、ひとりごとだ」と彼は言った。「たいしたことじゃない」 『アッカーマン狩り』
後ろは一度もふり返らなかった。そう、ただの一度も。 『成功報酬』
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読者は、最後の一文に続くシーンを想像せざるを得ない。 その多くが、悲劇(バッドエンド)に彩られたものだが、「 あとは読者の脳内再生にお任せ」といったストーリーテラー(= ブロック)の気遣いが心地よい。ツンデレといっていい、 含み笑いのある突き放し方は、たとえば、ジェフリー・ アーチャーやスティーブン・キングの短篇作品とは異なる、 ブロックならではのものだ。
ふと、言葉を辿れば、BLOCK(ブロック)には、「塊( かたまり)」「一区域」「防御する。妨害する」 といったさまざまな意味がある。 多様なストーリーに満ちたローレンス・ブロックの文学は、 読者の想像力を決して妨害することなく、どれもが、やわらかで、 しなやかな硬度を保っている。